指導者


監督(H20〜)
中江 洋平

1 保健体育科教諭
2 平成20年着任

部長(H22〜)
岩崎 洋

1 地理歴史科教諭
2 平成19年着任

顧問(H26〜)
目 義行

1 地理歴史科・公民科教諭
2 平成25年着任

小見山晋吾

1 保健体育科教諭(非常勤)
2 平成29年着任

サポーティングスタッフ


OB会 初代会長
故 河野俊貞 (49期)
(発足〜2012年)

『平成25年度 熱戦の跡』より


中村恒采『故河野先生を悼む』(平成28年5月20日付「雄飛」)より(クリックすると拡大)


OB会会長
渡邊 純忠(69期)
吹き来る木枯らしに本格的な冬を感じるような日々が続いておりますが、会員の皆様いかがお過ごしでしょうか。平素から会員の皆様には御支援、御声援をいただき、厚く御礼を申し上げます。
今年度の全国大会県予選は、勝負の厳しさ、難しさを痛感させられた結果となりました。満を持して迎えた11月15日の決勝、対萩商工戦。随所で全員が走る山高らしさを見せたものの、ペースを掴みきれないままノーサイドの笛を聞いてしまった、そんなゲームに見えました。実力も伯仲し、山高の時間帯もあったが故に、前半に1本返しておけば流れも変わったか、とも思いましたが、最後は何か相手が一枚上回っていたということでしょう。しかし、メンバーは最後まで勇敢かつ諦めずに戦い、意地を見せてくれました。ラグビーは、自らが体を張り、後に続く者に球を託す競技です。3年生諸君、花園には手が届きませんでしたが、後輩達に山高スピリッツをしっかり託したという気概と、ラグビーという素晴らしいスポーツに出会えた感謝を抱き、次なるステップを踏んでください。気骨ある山高ラガーとして、大いなる成長に期待します。
さて、今年はラグビーワールドカップでの日本代表の活躍もあり、ラグビーが熱く盛り上がった一年でした。対南アフリカ戦での劇的な勝利に、日本中が感動に震え、今や多くの人がラグビーは分からなくても「五郎丸選手」は知っているなど、興味や関心の裾野も広がっているように感じます。2019年の日本大会に向け、県内でもキャンプ地招致の活動やトップリーグ公式戦の開催など、気運が盛り上がっていることは嬉しい限りです。“All for 山高 ,All for Rugby”・・我々OB会としても、山高ラグビーの益々の隆々発展をもって、ラグビー界底上げの一助となろうではありませんか。
これから年の瀬に向け、底冷えも一段と厳しくなってまいります。会員各位におかれましては、くれぐれもご自愛され、清々しい新年を迎えられますよう祈念いたしております。
「山高ラグビー部OB会会報 会長挨拶(平成27年度)」より

OB会事務局長
西永 浩司(86期)

フォワードコーチ
岩崎 満
私の現役時代(昭和24年)
現在の山高グランド(G)は、僕にとっても懐かしい血と汗がしみ込んだ(G)だ。
(旧)山口中学は、もともとラグビーの出来る(G)はなかった。
部室の前の"楠木" の横の25m2 の広さでスクラム等の練習をしていた。
当時より隣の「(旧)山口高商」の(G)を借りていたのだ。
でも、山口中学ラグビー部は強かった。
終戦を迎えた。(G)は、まだ山口高商Gのままだ。
4年経った。
新制中学、新制高校と名前が変わり、女子高校と合併した。
ジャンケンをして、負けた私たちは、現在の山口大学教育学部付属山口小学校の西校舎に移った。
部室は(東)と(西)の2つになった。まだ(G)は山口高商のままだ。
マネージャーの倉増君が奔走してくれて、現在の山高Gの旧山高Gを借りられたのだ。50年以上も昔のことだ。
当時の旧制山高の先生に池田先生(後の協会副会長)が居られて、良く便宜をはかってくれた。君達(現部員)の走り回る下に血と汗がしみ込んで居る。
学生さんも大らかなものだった。
雨の日なんか食堂の入口を40名の部員が着替えて、入口をつぶしても文句一つ云わなかった。
草ボウボウのGで竹製のポールも吾々が立てた。
G一面に雑草が生えていて上の部分をくくりつけて、そこに足を引っかけてバタバタと転んだものだ。
古い写真やノートを引っ張り出してくると、昔の事が思い出されて懐かしい。
その年のこと、早稲田大学の先輩5名が、当時全日本だった早大の新村さんをコーチにつれてこられて「ラグビーは芸術なり」と勉強したものだ。
それは後述するとしてFWのところだけ、勉強したところを見て下さい。
皆さん、黄色に変色したノートに下手な字でごめんね。
『岩崎満さんからのお手紙』

岩崎さんのノート(昭和24年)
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夏合宿・遠征を予定度通り終え、残暑は依然として厳しいものの、秋シーズンをこれから向えようとしているある日、
いつものように、グランドに誰よりも早く立ち、生徒たちの一人一人の様子を伺っている岩崎さんが、一冊のノートを片手に私の元へ 来られました。
そのノートは、昭和24年当時に書かれた岩崎さんのラグビーノートでした。
そこには、フォワードプレーに関してのキーファクターが詳細にわかりやすく書かれていました。わずかな会話の中で、当時の練習の様子が鮮明によみがえってき、その内容の素晴らしさに感銘を受けました。
グランド片隅での当時の話で盛り上がっている中で、照れ笑いをされている岩崎さんに、このノートをそれに対してのコメントをHPに載せて良いかとお願いしたところ、数日後に承諾を頂き、掲載に至りました。
岩崎さんありがとうございました。

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クラシック・ドラグーンズ
2012/08/05撮影

広報スタッフ


アマチュア
カメラマン
松岡 征人

輝く瞳
 山高ラグビー部と付き合い始めて四半世紀が過ぎた。平成2年からは一段とラガーマンの撮影に力がこもった。この時から山高が花園グラウンドを踏めばカメラマンとしてラグビーを撮ると言っていたが、夢実現を感じている。
 瞳の輝きに感動する。